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あしずり遍路道

 

遍路道は古来より住民が利用していた往還道を、足摺岬38番金剛福寺建立後、遍路が利用するようになった道が始まりと考えられております。
貞享四年(じょうきょう 1687年)「四国遍路道指南」を真念法師が、また、元禄二年(1689年)高野山の僧により「四国遍礼霊場記」が発行されたことにより、四国八十八ヶ所遍路が増えてきました。
この当時は地図が無く、38番札所金剛福寺までの方向や距離を示す道標として、この遍路道の基点となる市野瀬部落に「350丁・・・・・」・「比方・・・・・」と記載された道標石が設置されています。この道標石は足摺岬の「一丁・・・」(約109m間隔)まで、設置されていたとのことですが、遍路道や道標石は道路開発等により失われ、現在は約55基の道標石が残っています。